2008年 02月 21日
その時歴史が動いた |
という、NHKの番組がおもしろくて好きです。
昨日は加藤清正。
名前は聞いたことあるけど、どんな人なのか全然知らなかった。
時代は関が原の戦いの頃。
豊臣秀吉が天下を取り、秀吉に忠誠を尽くしてきた清正はたくさんの領土を譲り受け、大名として力をつけていきます。
秀吉の亡き後、若き秀頼が将軍の座につきます。
徳川家康、最初は秀頼に従い、忠義を尽くしていたかのように思えたのに!!
家康は、隙あらば豊臣家を滅ぼし天下を自らの手にしようと野心を燃やしていたのです。
巧みな策略で次々と領土を増やし、強大な力を持つようになった家康に、豊臣派だった大名達もみんな家康に従うようになります。
そんな中、加藤清正は豊臣秀吉に受けた恩を忘れず、若き秀頼を守ることを自分の道とします。
「秀頼様をお守りするためならば、この命、惜しくない。」
徳川家が攻めてきたとしても、最後は自分の城、熊本城に秀頼をかくまい、守りぬくため、熊本城はさまざまな仕掛けと、日本一の高さのある石垣で作られました。
ある日、家康に秀頼が呼び出されます。
これは秀頼を自分に従わせて、自分が天下の将軍だと見せしめるため。
この場で何かあれば、秀頼の命が危ない。
清正は秀頼に家康より下座につかせることで、従う旨を表し、何とか秀頼の窮地を救います。
この日から、まもなく清正はこの世をさります。
「秀頼様の命をお守りしたことで、秀吉様に受けたご恩をやっとお返しすることができた。」
感動しました、私。
かっこいい、清正。
いつの世の中も家康みたいな野心家はいるし、弱肉強食の戦国時代ならなおのこと。
でもその中で、長いものに巻かれず、自分の信念の道を生きた姿がかっこいい。
しかもそれが、秀吉に受けた恩を忘れず、命にかえても豊臣家を守る!という、「仁義」の心にすっごく感動して、じーーーーん。
日本人の「礼をつくす」ってこういうことだと思う。
そういう心なくしてると思う、最近の若いもんは!(私も含めて)
清正の生き方で、見習いたいところがたくさんありました。
いつか、敬意を持って熊本城を見に行きたいと思いました。
昨日は加藤清正。
名前は聞いたことあるけど、どんな人なのか全然知らなかった。
時代は関が原の戦いの頃。
豊臣秀吉が天下を取り、秀吉に忠誠を尽くしてきた清正はたくさんの領土を譲り受け、大名として力をつけていきます。
秀吉の亡き後、若き秀頼が将軍の座につきます。
徳川家康、最初は秀頼に従い、忠義を尽くしていたかのように思えたのに!!
家康は、隙あらば豊臣家を滅ぼし天下を自らの手にしようと野心を燃やしていたのです。
巧みな策略で次々と領土を増やし、強大な力を持つようになった家康に、豊臣派だった大名達もみんな家康に従うようになります。
そんな中、加藤清正は豊臣秀吉に受けた恩を忘れず、若き秀頼を守ることを自分の道とします。
「秀頼様をお守りするためならば、この命、惜しくない。」
徳川家が攻めてきたとしても、最後は自分の城、熊本城に秀頼をかくまい、守りぬくため、熊本城はさまざまな仕掛けと、日本一の高さのある石垣で作られました。
ある日、家康に秀頼が呼び出されます。
これは秀頼を自分に従わせて、自分が天下の将軍だと見せしめるため。
この場で何かあれば、秀頼の命が危ない。
清正は秀頼に家康より下座につかせることで、従う旨を表し、何とか秀頼の窮地を救います。
この日から、まもなく清正はこの世をさります。
「秀頼様の命をお守りしたことで、秀吉様に受けたご恩をやっとお返しすることができた。」
感動しました、私。
かっこいい、清正。
いつの世の中も家康みたいな野心家はいるし、弱肉強食の戦国時代ならなおのこと。
でもその中で、長いものに巻かれず、自分の信念の道を生きた姿がかっこいい。
しかもそれが、秀吉に受けた恩を忘れず、命にかえても豊臣家を守る!という、「仁義」の心にすっごく感動して、じーーーーん。
日本人の「礼をつくす」ってこういうことだと思う。
そういう心なくしてると思う、最近の若いもんは!(私も含めて)
清正の生き方で、見習いたいところがたくさんありました。
いつか、敬意を持って熊本城を見に行きたいと思いました。
by hi-romiromi
| 2008-02-21 15:09
| Diary